大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 昭和49年(モ)103号 決定

申立人 大塚紋蔵

〈ほか一〇五名〉

主文

本件忌避申立はいずれも却下する。

理由

一  本件忌避申立の趣旨は「裁判官植村秀三、同柳沢千昭、同山本武久に対する忌避申立はいずれも理由がある。」との決定を求めるというにある。

二  そして、右申立の理由は別紙その二記載のとおりであって、その骨子は裁判官植村秀三、同柳沢千昭、同山本武久には後記本案訴訟に関連して左記のような不当な言動、不公正な態度があり、これから推して右裁判官らが右訴訟の原告である申立人およびその訴訟代理人らに対し悪意にみちた偏見、予断ならびに反感、敵意を有することは明らかであるから、右訴訟につき同裁判官らによる公正な裁判を期待することはできない、というのである。

(一)  裁判官植村秀三、同柳沢千昭、同山本武久は、

1  右本案訴訟の第一、二回口頭弁論期日において、不当に原告ら本人の入廷を制限し、法廷内録音の許可申立を却下し、予め提出した準備書面に記載のない事項につき弁論を制限しまた、いたずらに原告ら訴訟代理人の発言を阻止してその弁論を十分に聴取しようとせず(別紙その二申立の理由第三の一ないし四)、

2  同第四回口頭弁論期日において、被告訴訟代理人が訴訟引き延しの意図をもって弁論の準備を怠った応訴態度を咎めることなく放置し(同第七の三)、

3  同期日において、さきに受命裁判官柳沢千昭、同山本武久によって実施した現場検証に成果がなかったとの理由で訴訟上の信義則に反し、右検証の続行期日として予定されていた現場検証を施行しない旨の決定をした(同第八の一ないし三)。

(二)  裁判官植村秀三、同柳沢千昭は、

1  右訴訟につき原告らが期日指定の申立とともに訴訟救助の申立をしたところ、これに対する決定をするまで期日指定をしないとして、右訴訟を併行して審理することを不当に拒否し(同第二の一)、

2  右訴訟救助申立事件につき、原告らに対し訴訟代理人をさし置いて直接、収入、資産について回答を求める一方、同訴訟代理人に対しては疎明資料の追完を求める補正命令を発し(同第二の二)、

3  右訴訟救助の申立を不当な理由で却下した(同第二の四)。

(三)  裁判官柳沢千昭、同山本武久は、

1  右訴訟につき、受命裁判官として、昭和四九年三月一八日かねて予定されていた現場検証が天候上も実施可能であったに拘らず、誤った天候判断を理由として、これを一方的に中止し(同第五の一)、

2  翌一九日ようやく現場検証を施行したが、その際、現場に遅刻して到着したうえ、検証実施方法の打ち合せ場所を一方的に指定し時間を限定して出頭を命じるなどの不当な行動をした(同第五の二)。

(四)  裁判官植村秀三は、

1  原告らおよびその訴訟代理人が、右訴訟の訴状を提出するため昭和四七年三月三一日および翌四月一日の両日、前橋地方裁判所の構内に立入ろうとした際、裁判所職員を指揮して不当にも実力をもって、これを制約し(同第一)、

2  昭和四七年五月上旬頃前記訴訟救助申立事件につき原告ら訴訟代理人と打ち合せをした際、右訴訟代理人らの陳述を無視して一方的言動に終始し(同第二の三)、

3  右訴訟救助申立の却下決定につき原告ら訴訟代理人らが再度の考案を申立てた際、その数日前所用のため裁判官室に入室した右訴訟代理人の行為を捉えて刑事処分を追及すると言って恫喝し、また些細なことに反発して不当な言動をなし(同第二の五)、

4  右訴訟救助申立却下決定をなすとともに、原告らに対し右訴訟の訴状に印紙を貼用すべき旨の補正命令を発し、また、これに応じないときは右訴状を却下すると広言し(同第二の六)、

5  昭和四九年二月一四日右訴訟の被告側から翌一五日行われる第三回口頭弁論期日のため提出された準備書面の副本が右期日前、原告ら訴訟代理人に交付されないような措置をとろうとし(同第四の一)、

6  右口頭弁論期日において、原告ら訴訟代理人が右措置につき抗議をしたところ、かえって原告ら訴訟代理人に対する悪口を公表してもよいかと言って恫喝するなどの不当な言動をし(同第四の二)、

7  右訴訟の第四回口頭弁論期日において、原告ら訴訟代理人が証拠説明をし、また準備手続への移行に反対する旨の意見を陳述したところ、これに関し暴言を吐き、また侮辱的言辞を弄するなど、不当な言動をした(同第七の二、四)。

(五)  裁判官柳沢千昭は、昭和四九年三月二〇日から同月二二日にわたり、法廷外において裁判所職員に対し前記現場検証の経緯につき不公正な発言をした(同第六の一)。

(六)  裁判官山本武久は、昭和四八年秋頃、法廷外において裁判所職員の面前において右訴訟の性質につき不公正な発言をした(同第六の二)。

以上

ちなみに、申立人らを原告とし、東邦亜鉛株式会社を被告とする当庁昭和四七年(ワ)第七六号安中公害損害賠償請求事件が本件申立の本案訴訟として昭和四七年四月一日当庁に提起されて当庁民事第二部に配付され、同民事部裁判長裁判官植村秀三、裁判官柳沢千昭、同出口治男がその審理を担当することになったこと、申立人らが右訴訟事件に併せて申立てた当庁同年(モ)第一一八号訴訟救助申立事件について右民事部により同年九月一八日申立却下の決定がなされた(もっとも、同決定は申立人らの抗告に基き東京高等裁判所において昭和四八年九月二七日付決定をもって一部取消された。)こと、裁判官出口治男の転補に伴い、裁判官山本武久が昭和四八年四月代って右民事部に配属され右本案訴訟の審理に関与することになったこと、そして同民事部が右事件につき昭和四八年一一月二四日午前九時三〇分第一回の、昭和四九年一月二一日午後一時第二回の、同年二月一五日午後一時第三回の、また、同年四月一五日午後一時第四回の各口頭弁論期日を順次に開いて審理を進めた(右第四回口頭弁論期日に本件忌避申立がなされたものである。)こと、なお、裁判官柳沢千昭、同山本武久が同民事部の受命裁判官として右第四回口頭弁論期日に先立つ同年三月現場検証を施行したことは記録上明らかである。

三  そこで、考えてみると、

1  本件忌避申立の理由はその骨子として右に要約した各事実から右本案訴訟の審理に関与する三裁判官に原告らまたはその訴訟代理人に対する反感、敵意、悪しき偏見、予断があるものと推測し、これに基づく不信感を主張するに止まるものであって、右三裁判官と本案訴訟またはその当事者との間に通常人が判断して裁判の公正を疑わせる特殊な関係が存在することを前提とするものではないと思われる。

そして右事実のうち(一)の1、2、(二)の1、2は裁判所の訴訟指揮そのもの、(四)の4、5は裁判長の訴訟指揮そのもの、(一)の3は裁判所の証拠調についての裁判そのもの、(二)の3は裁判所の訴訟救助申立についての裁判そのものに関し、また(三)の1、2、(四)の1ないし3、6、7、(五)、(六)は裁判官の言動、態度に関するものである。

2  しかし裁判官に対する忌避原因たる裁判の公正を妨ぐべき事情というのは裁判官とその関与する事件または当事者との間に通常人が判断してその裁判官によっては公正な裁判の実現が疑われるような特殊な事実関係が存在することそれ自体を意味し、そのような事実関係が存在しない限り、たとえ当事者が裁判官の行為を不服、不満とし、これから裁判官が反感、敵意、悪しき偏見、予断を有するものと推量して裁判官に不信感を抱くに至っても、忌避の原因があるということはできない。すなわち、裁判官の公正に対する不信感が右のような特殊事情に由来するのではなく、単に裁判官の訴訟指揮ならびに証拠決定などの裁判に対する不服に由来するものならば、裁判官のその訴訟行為につき異議、上訴の手続によって是正を求めれば足り、その裁判官をその事件への関与から排除する理由にはなり得ない。また、裁判官の公正に対する不信感が単に裁判官の性格、能力、思想傾向などの一般的資質に発する言動、態度に由来するものならば、内容によっては、その裁判官に対する弾劾の問題が生じることがあり得るだけで、その裁判官を事件関与から排除する理由とはなり得ない。

3  ひるがえって本件忌避申立の理由をみると、裁判官の公正に対する不信感を訴えるのに、裁判官がなした訴訟指揮ならびに証拠決定などの裁判に対する不服に帰着する事由をもってするか、裁判官の法廷内外における行動に類する事由をもってするか、そのいずれかであって、裁判官と本案訴訟またはその当事者との間に裁判の公正を動かすことが疑われる特殊な事情が存在することについては、なんら触れられるところがないのである。

四  それならば、結局、本件忌避申立の理由は正当な忌避原因というに当らない以上、右忌避申立は、申立人らの主張に含まれる個々の事実の存否ないしは個々の裁判官の行為の当否を検討するまでもなく、失当というべきであるから、いずれもこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 駒田駿太郎 裁判官 上杉晴一郎 井垣康弘)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例